形から入る
形から入る
愛用のノートパソコン君(小さいほう)は、革のケースを身にまとっています。さすが専用のものとあって、大きさだけでなく雰囲気もピッタリです。性能・機能には何ら影響するわけでもないのに、見た目が違うだけで、使用感もずいぶんと向上するものです。
購入から二年ほど経っている旧機種であるため、処理スピードはあまり速くありません。ただ、ネットで調べ物をしたり、原稿を書いたりする程度の軽作業がほとんどなので、それはあまり気になりません。むしろ心配になってきたのは、ハードディスクの残り容量です。
新聞の切り抜きのスキャンデータや、記録写真などをじゃんじゃんため込んでいるんです。パソコン内をデータ検索すると一発で出てくる便利さは、一度体験してしまうと元に戻れません。そんなこんなで、さらに情報をストックしておく”入れ物”をもう少し大きくしたいと思うようになりました。
あわせて、長くノートパソコンを使い続けると、充電池のヘタリも出てくるので、いっそのこと、最新モデルに買い替えようかなぁ、と。しかし、予算面はクリアできたとしても、もう一歩、新機種購入に踏み切れない問題が、「ケース」なのであります。
そうです、付属のソフトとか、そのバージョンとか、その機種のスペックとかなどではなく、今の私にとっては、性能には無関係な、ケースが重要なのです。持ち歩きますからね、毎日。工業製品・パソコンとはいえ、「手触り」も大切なのです。思案したあげく、「ピッタリなケースが見つかったら、買い替える」と結論。まさに、”形から入る”とは、こんなようなことなのかしら。
道具は、確かに合理的・機能的であるべき。しかしそれ以上に、感性的に「アリ」な形を追い求めるのも、決して悪いことではないと思うのです。
ケースの”せい”で、おそらく、今のノートパソコン君、ずっと使い続けてしまうぞ、きっと。
(やすだ)
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