カテゴリー「エッセイ・コラム」の62件の記事

2011年6月 4日 (土)

思いだけあたたかい

思いだけあたたかい

辛いことがあっても、夜が明けると外は明るい。朝ご飯をとり、新聞を読む。弁当をかばんにつめこみ、家を出る。駅までの道のりは、単なる通勤・通学の時間ではない。それは、大地を踏みしめるエクササイズの場だ。

電車の窓から、外を眺める。風景が素早く流れていく。それを、目で追うことはしない。自分の住む街が後ろへ行くように見えるからだ。急行だって各駅停車だって、ターミナルへ向かっている。かかる時間は違っても。

長年同じ腕時計を、相棒として左につけている。古いものだけど、丈夫でまあまあ正確だ。ゼンマイ動力のそれを見る。そんな、時刻を確認する回数が少ないほど、余裕のある日なのかもしれない。

街で、学校で、職場で、普通のあいさつがかわされることが、ただうれしい。梅雨の合間の気候もすがすがしい。ほんの少しのあたたかさが感じられるようになった季節を迎えた。われの思いとて、かくやあらん。
(やすだ)

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2011年4月 2日 (土)

おおきなじしん

おおきなじしん

ぼくがほんだなをせいりしていたとき、ぐらっときた。ずっとゆれがつづき、あたまのなかがまっしろになった。「とまってくれい」とちいさくさけんでも、そのゆれはとまらない。

ほどなくでんきがきえた。うえのほうから、たくさんのほんがばたばたとおちてきたとき、ようやくへやはしずかになった。ひるまなのに、とてもくらくなったようにかんじた。

てれびはとうぜんみられない。けいたいでんわのあんてなも、いっぽんもたたない。がすやすいどうは、かろうじてとおっているみたい。でもしんぱいだな。かいちゅうでんとう、でんち、らじお、まっち・ろうそく、かいろをかくにんしよう。

がたっというおとがした。よしんはかならずくる、とおそわっていたのでかくごはしていたが、これもおおきかった。こんどはつくえのしたにもぐって、ひたすらまった。「ごめんなさい」とあやまってみた。そうしたら、ゆれはさっていった。

よる。ふしぎとおなかはすかない。でもなにかたべなきゃ。まめでんきゅうのあかりのもとで、ひじょうじようのごはんとたくあんをたべた。あまりおいしくない。それはそうだよな、まず、さむかったんだもの。

ひにひに、よのなかがたいへんなことになっていることに、きづかされる。でんきがときどきとまっても、がそりんがなくても、あかるいことがおもいうかばなくても、かならずよがあけて、あさがくる。おひさまがこうこうとてらしてくれるこのひを、どうすごせばいいのかしら。

なにかとくべつなことをはじめるのではなく、いまのぼくのしめいである、おしごとをしっかりとこなそう。そして、ほこりをもってやりつづけよう。いまこまっているひとにたいして、これからたいへんになるちいきにとって、それがきっといちばんよいことなんだ。

こころのなかに、そんな「じしん」がめばえた。そして、これまでのあたらしいとしのはじまりとは、ずいぶんちがうきもちになった。
(やすだ)

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2011年2月26日 (土)

凍てる日

凍てる日

底の厚い靴を履いても、ふわふわの手袋をしても、寒いものは寒い。首や顔をマフラーでぐるぐる巻きにしても、ロングコートをかよわき身にまとっても、寒い。そんな冬は、ただそれが通りすぎるのを待つしかないのでしょうか。

考えてみると、暖かくなるのは太陽のおかげです。一年のうち、太陽が地面を一番長く照らしている日が夏至で、逆に昼が一番短いのが冬至です。そんな冬至のころから、今は確実に昼の時間が長くなっているのに、まだまだ寒いのです。冬至は十二月中旬ですが、一年でもっとも寒いのは2月ごろ。なぜだろう。

これは、地球が「冷める・冷える」のに、二ヶ月くらいかかることを意味しています。熱いお茶を湯飲みに入れておいたら、小一時間で冷めちゃうのに。まさに、地球は大きい、ってことなんですね。ちなみに、夏至は六月中旬で、夏真っ盛りは八月過ぎです。地球が「暖まる・暑くなる」のに、こちらも二ヶ月くらいの時間が必要なのでしょう。

もし、このまま昼が短いままだったら、ますます地球が冷えてしまう。さらにひどくなると凍っちゃう。ん、氷河期再来かしら、なんてね。そうなると、冷蔵庫がなくても大丈夫なんだろうな、とか、たわいのないことを想像している場合ではない。だって、いつまでもとっても寒いのだから、みんながじゃんじゃん暖房を使うだろうから、光熱費、エネルギー、石油とかの資源、大変だよ。

直接的に気温が高いわけではないので、「地球温暖化」なのかどうか、冬になったら、きっと人は分からなくなってしまう。でも、多少の暑さを我慢できても、わたし、寒さだけはどうも耐えられない。暖かい春のおとずれが、ただただ待ち遠しい。それまでは、しょうが湯を飲んで布団にくるまって、たっぷり睡眠をとることにしよ、っと。
(やすだ)

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2011年2月 5日 (土)

デジタルな下じきができたなら

デジタルな下じきができたなら

ノートに字を書くときに、かならず敷いていたのが、プラスチック製の下じきです。学生の時ほどノートを使わなくなったことに合わせるように、私の下じきの出番も少なくなりました。ちと寂しい感じがします。

考えてみれば、下じきを使わなくたって、鉛筆やボールペンなどの筆記用具さえあれば、十分、字は書けるのです。でも、下じきがノートのそのページの下に敷いてあることで、字がよりていねいに書ける気がするから不思議です。

下じきを使わないと、筆圧によって下のページに凸凹ができてしまいます。おそらくそれを防ぐために開発された文房具だと思われますが、ただの薄い板なのに、とても便利です。

それに、本来とは異なる用途も。長めの直線を書くときに、定規と同じように使えます。紙を切りたいときにハサミがなくても、紙の片側を下じきで押さえ、勢いよくまっすぐにビリっ、とやることもできます。中に写真とか時間割のメモとかを挟んでおける透明な下じきもあります。

最近ぞくぞくと発売されている、電子書籍端末やタブレット型パソコンには目を見張るものがあります。表示面積はそのままで、どんどん薄くなっていくようです。極限、つまり下じきくらいの薄さになったらいいなあ、なんて、妄想してしまいます。名付けて「デジタル下じき」。

これを下じきにし、表示される字を上からなぞると字の練習になります。もちろんデジタル機器ですから、表示の書き換えは簡単です。漢字をたくさん覚える小学生向けにどうでしょう。また、知らない英単語を書き込んだとき、それをデジタル下じきが読み取って、自動的に日本語訳が明るく表示されるようになれば、まさに電子辞書。高校生に人気が出そうです。

ただ、価格設定が大事です。今までの下じきと同じように、消しゴムのカスを集めるときのちり取り替わりとして、暑い夏にはウチワにもならなきゃいけないですからね。
(やすだ)

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2011年1月30日 (日)

もうラジカセとはいわない

もうラジカセとはいわない

かつてカセットテープというのがあって(今もあるけど)、ラジオで放送される流行りの曲をよく録音していました。それを「エアチェック」ということを知っている人は、それなりの年齢、ですよね。

そんな、エアチェックをするための必須アイテムが「ラジカセ」であります。ラジオが聴けて、カセットテープの録音・再生ができる、コンパクトな音楽機器です。乾電池でも駆動するので、持ち運びも可能。中学生のころ買ってもらったラジカセは、まさに宝物でした。

でも、最近、ラジオから音楽情報を得る機会がずいぶん減りました。レコードはCDに完全に置き換わって、そのCDもあまり売れなくなって、さらに音楽やその情報はほとんどインターネット経由で得るようになりました。聴きたい曲があったら、音楽のファイルを一瞬でダウンロード購入できちゃいます。ラジカセでは、46分テープに、いっぱいいっぱい曲を録音する作業には、46分間かかっていたのにね。

エアチェック派の人間は、FM放送で今月・今週、どんな曲が流れるのか、どんな特集が組まれるのかがとっても気になってしまうものなので、そんな情報が満載の情報誌を必ず入手していました。中でも、カセットテープのケースに入れるインデックスシート(曲名とかアーチスト名とかを書き込む紙)がオマケについている雑誌が人気がありました。いい感じの写真とかイラストとかが付いていたんです。

そういえば、そのインデックスシートも、ずいぶん時間をかけて工夫して作っていたなあ。きっと押し入れの奥の方に残っているのだろうけれど、そのカセットテープを手に取ると、その時代の記憶が蘇ってくるはずです。

CDやMDとラジオが聴ける、スピーカー付きの音楽機器のことを、今でもついつい「ラジカセ」と呼んでしまう。もう、そこにはカセットテープは入れられないのに、ね。
(やすだ)

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2011年1月29日 (土)

豚まんと肉まん

豚まんと肉まん

北風が吹きすさむ中、帰宅。駅から自宅に向かっているとき、あまりにも寒くてくじけそうになります。そんなとき、途中にあるコンビニに入ってしまうことが、よくあります。そうです、しばし体を暖めるためです(店員さん、ごめんなさい)。

しかし、店内にただ入って、ぼーっとしているわけにもいきません。そこで、雑誌でも立ち読みしていようかなあと考えるのですが、手がかじかんでうまくページがめくれないことも。いかん、まずは、指先を暖めなければなければ。

気持ち的には、おでんコーナーの湯気に手をかざしたいくらいなのですが、まさかそんなことをするわけいにもいきません。その奥に目を移すと、そうだ、「豚まん」があるじゃないか。

両手で包み込むように持っているだけで、じわーっと熱気が手に伝わるぞぉ。さらに後でおいしく食べられる。そうそう、晩ごはん前で小腹も空いていたしね。まさに一石二鳥だわ。がぜん購入意欲がわき、「豚まん、一個ください」と思わず発注。しかし、店員さんは「はい、「肉まん」でよろしいですね」と。あれれ。

ぶ、豚まんがほしいのにぃ。肉まんじゃないよぅ。

ちょっとここで解説。関西では「肉(ニク)」とは、牛肉のことをさします。牛(ギュウ)と豚(ブタ)は明確に区別され、豚肉は「ブタ」と呼ぶのです。

なので、たとえば「焼き「肉」パーティーをしよう」と呼びかけておきながら、用意された食材中の、牛肉の比率が著しく低い場合は、ちょっとした詐欺になります。また、「肉じゃが」と呼びたいのであれば、豚肉を使ってはいけません。ちなみに鳥肉のことは、「トリ」もしくは「かしわ」といいます。

地域によって、言い方、ちがうんだなあ、と少し考えてしまいましたが、まあ、どっちでもいいや。指先が生きかえり、体もあったまって、小腹も満たされたし。こんな、ちょうどいい場所にコンビニがあるなんて、ほんとニクいなあ。
(やすだ)

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2011年1月 8日 (土)

お餅を食べよう

お餅を食べよう

つきたてのお餅って、本当においしいです。お餅をつくのはたいてい屋外ですから、そんなオープンエアな空間であったらなおさらです。ヨモギをまぜたのを、小さい頃作った覚えがあるのですが、それよりも、もっとおいしかったのが、「ネギ&大根おろしプラスしょう油」のトッピング餅です。くー、たまらない。

お餅のもとになるのは「もち米」です。なんで、普通のご飯の「お米」ではいけないの、と思って、友達にたずねたら、彼は「そもそも、もち米からできるからお餅っていうんだよ」と、理由になってない理由を言っていたっけ…。もち米も普通のお米も「米」にはちがいないのですが、そこに含まれるデンプンが影響している、とのお料理本の解説をみつけました。

どちらもデンプンがたくさん含まれていますが、もち米のデンプンは、加熱すると粘り気が出るような種類のデンプン(アミロペクチンといいます)だけでできています。普通のお米は、その粘り気デンプンが八割くらいです。なので、普通のお米を炊いて、ぺったん、ぺったん、ついても、ビヨーンとのびるお餅にはならないです。長時間つき続けても、きっと無駄です。

昔から保存食としても、鏡餅のようなお供えものとしても、日本人の風土・生活に欠かせないお餅。そんなお餅の語源を調べてみました。ダジャレっぽいですが、すぐにはお腹がすかない、という意味の「はらモチがいい」から来ている、という説もあるそうです。

確かに、お腹の持ちは、パンやご飯よりもいいと思うので、お正月を過ぎても、朝食にお餅はおすすめです。焼いて、しょう油をちょっとかけて海苔巻いて、片手でさっと食べられる。まさに和のファストフード。

空に目を移すと、お月さまにいるうさぎさんが、一生懸命、もちつきをしています。そんな風に見立てるのは日本人だけだそうですが、うさぎは今年の干支。どうぞ飛躍の一年になりますよう。
(やすだ)

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2011年1月 1日 (土)

マフラーに包まれたなら

マフラーに包まれたなら

最近思うんです。「冬が寒いのではなくて、風が寒いんだ」って。いやあ、冬はもちろん気温は低いですよ。でもね、風が吹くと哀しいくらい寒い…。体感温度ってやつでしょうか、特に足元・首筋をケアすると、寒さもすこしは和らぐ気がします。

そこで登場するのが、冬の装備の定番、マフラーであります。数えてみたら、私、マフラー、七つも持ってました(いつの間にこんなに…)。普通の長いタイプのもあるし、ただの筒みたいになっているものもあります。そうそう、筒型のって結構便利ですよ。外でなにか作業とか、軽いスポーツとかをするときに、マフラーのヒラヒラが無いので、ジャマにならないですから。

マフラーの巻き方は、人によっていろいろです。ネクタイみたいに巻く人もいるし、リボンみたいにかわいらしく巻く人もいる。「ねえ、それじゃあ首、回んないでしょ」って声かけたくなるくらい、ぐるぐる巻きにしている人もいる。本来の防寒の用途以上に、ファッション性もあるというのが、マフラーのポイントの高いところです。

屋内に入るとき、マフラーを取るのが一般的なマナーです。でも最近、取らない人、多いですよね。実は私もです。だって暖かいんだもの。きっと、あの「一度コタツに入ったらなかなか立ち上がれなくなっちゃう」現象と一緒です。きっとみんなそう思っているんだろうから、この「マフラー取るべき条例」を改正しませんか。部屋の中の暖房をそんなにキツくしなくても良くなるのですから、もったいなくてよいのではないかしら。

さて、クルマ好きの私にとっては、マフラーって聞くと「排気口」も頭にうかんでしまう…。まあ、話の前後で分かるから問題はないんですけどね。これ、クルマのエンジン音とかを抑えるために、「音を包み込む」っていう意味なのだと思う。

ありがとう、マフラー君。君はいろいろなものを包んでいるんだね。
(やすだ)

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2010年12月25日 (土)

ガラパゴス化は寂しくない

ガラパゴス化は寂しくない

「ガラパゴス」って島の名前です。正確には諸島です。赤道直下にあるエクアドルの国立公園です。確か、世界遺産第一号(1978年)だったと思います。

チャールズ・ダーウィンが、ビーグル号という測量船でガラパゴスを訪れ、あの有名な「進化論」の着想を得ることになったのです。ガラパゴスには、天敵になるような大型のほ乳類がいないため、大陸とは全く別の、独自に進化した動物が多く生きていました。

そんなガラパゴス、よくニュースで目に耳にするようになりました。どうやら日本の情報端末製品のことをたとえているようです。その代表格が、携帯電話。他の国々とは違った路線で、機能やカタチなどが発展をしているからです。

「それでも使いやすいんだからいいじゃない」と思うのですが、メーカーさんとしてはどうやらそうもいかないらしい。日本の携帯電話はかなり普及していて、これ以上販売数アップが期待できないとのこと。日本でガラパゴス化しちゃったケータイは、外国では売れない、っていうか使えない…。確かにね、日本以外でスイカで電車に乗れないですものね。

携帯電話は、固定電話ではなくなったから世の中に受け入れられました。でも、メール機能は、最初のうちは「キーを打つのが時間がかかる」って思われてました。ましてやカメラ機能なんて、お遊び程度の画質しかなかったのに、今やコンパクトデジカメ以上に「ツカエル」ものだって出てきている。まさに、ネットにすぐつながるデジカメなのだもの。

そんな進化は、きっと日本独自の発想から来ていたと思うのです。ただ、そのウラ側にある、基本ソフトとか通信システムだとか、素人には分からない(もしくは、使うぶんには関係ない)部分が、世界から孤立しているとすれば、この先、安定的に使えるのか、と不安にはなる。でも、ユーザー側が心地よく、使いやすく感じる製品であれば、「孤島」であっても豊かな気分になれるはずなんだ。
(やすだ)

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2010年12月18日 (土)

本屋に立ち寄る

本屋に立ち寄る

帰宅途中、本屋さんに立ち寄るのが好きです。買う予定がなくても、たくさんの雑誌の表紙を眺めているだけでも癒されます。新刊の新書の列を見るだけで落ち着きます。なによりも新しい本の匂いがいいですね。立ち読みさせてもらうだけでも(本屋さん、ごめんなさい)、楽しい時間が過ごせます。

購入することが決まっている本を手に入れるには、ネットで発注するのが確実な時代になりました。まとめて注文する場合には、たいてい"送料無料"になりますしね。なにより、まとめて多くの本を頼んでも、宅配便で届けてくれるので、体力的に楽です。

そんなネット書店が台頭してくると、街中の本屋さんは存亡の危機なのだろうか…。でも、きっとこだわりのある本屋さんはなくならないと思うのです。人は目的のみを持って生きているのではなく、偶然の出会いだって必要なんです。ふと手にした本が、自分の好みに合ってしまうことが、あるんです。

良い本屋さんってね、買う人の気持ちが分かっている店長さんがいる本屋だと、私は言い切りたいのです。そして売っている人の顔が見える、っていうのかなあ、「こんな本、知ってますぅ」って、声を掛けられそうな雰囲気がただよっているのです。

本に埃がかぶっているなんて論外。何よりも、本を大切に陳列している、ということ。雑誌とかハードカバーとか単行本とか、そんな出版形態に関係なく、関連したものが上手に棚に並べられている店は、そんなには見かけませんよ。また、出版社にこだわらず、同じ著者の本が、同じ棚に並んでいると嬉しい限り。

また、その地域のご当地本が上手に紹介されている本屋さんは、その街を愛している証拠。永く続いているお店にちがいありません。

急いでいるとき、駅の売店で、サクっと文庫本や雑誌を買うことだってあるんだけど、用事がなくともついつい吸い寄せられてしまう個性的な本屋さんが、私は好きなんだ。
(やすだ)

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